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ジェンダー論と音響と政治学とアップルパイと発達障害

自閉症とジェンダー・アイデンティティ①――とりあえず私の場合

私はXジェンダー自閉症スペクトラム障害があります。障害っていう言葉はいけ好かないとかそういう文句は尽きないけれど、まあ他の人に自分について説明する必要に迫られたら、そのような説明をするでしょう。^1
もっと自分にとって納得できる説明をするとしたら。「男でも女でもない、というか性別ってよくわからない系Xジェンダーで、それ以前にアスペ」という表現がなかなかしっくりくる気がします。
「それ以前に」というのはXジェンダーであるということよりも、アスペだということのほうが先にあったということです。もっといえば、アスペだということがXジェンダーに「なった」(ボーヴォワール的な意味で)原因なのではないかということです。

性別ってよくわからない

私は性別というものがよくわかりません。もちろん、大学生になった今は、頭で理解はしているつもりです。でも、幼いころはさっぱりわかりませんでした。
「わからない」という言葉はなんだか抽象的で、何がどうわからないのか具体的ではないような感じがしますが、まさに、そんな感じで私は性別が「わからない」のです。なぜ、男の子向けのアニメはあんなに粗野で、女の子は寒い日もスカートを履かなくちゃいけなくて、あの子は声が低くなり、あの子は胸が膨らみ、私は仲のよいあの子と違う列に並ばされていて、高校の担任教師は「女子は勉強はほどほどでいい」なんてことを言ったのか。そういうもの、たぶん周りの人たちにとっては自明の、セックスとジェンダーが私にとっては謎です。その果てしない謎に私の頭はむずむずしますし、複雑怪奇で美しくないこの世界に悲しくなります。
なんで、私はあの子と仲がいいのに違う列に並ばなきゃいけないのか。なんで、男の子たちはあんな乱暴な言葉づかいをするのか。あんな言葉づかいはいけないことのはずなのになんで大人は叱らないのか。なんで女の子たちはドッジボールでちゃんと腕を伸ばしてボールを投げないのか。なんで男の子は女の子に恋をし、女の子は男の子に恋をするのか。^2
それらがアスペの私にはわからなかった。わかっていないということもそのころはわからなかったから(性別に関しては)とても平和な日々でした。私は幼いころ、ほんとうに女の子でも男の子でもなかったのです。でも、12歳で第二次性徴が始まってからはその謎が私にどんどん迫ってきて、自分の体の性別を突きつけられて、私はそのどす黒い渦の中にまきこまれて苦しくなりました。今もそれから抜け出そうともがき続けています。高校に入ってから、Xジェンダーという言葉をみつけて、少しだけ楽になりました。大学に入って、東京に出てきて、他のXジェンダーの人に会って、もう少し楽になりました。死にたくなることは少なくなりましたが、まだ、苦しいです。
でも、みんなはぜんぜん苦しそうではありませんでした。むしろ楽しんでいるようなところまであります。それはなぜなのだろう。私はなぜ苦しいのだろう。それを考えたくて、大学はジェンダーセクシュアリティ・スタディーズを専攻できるところにしました。入学してから1年半ほど経って、いろいろ授業を受けたり本を読んだりして考えたことをこのブログに書いてみようと思います。