りんご 小麦粉 バター

ジェンダー論と音響と政治学とアップルパイと発達障害

役立たずな私たちについて

この社会には役立たずがたくさんいる。仕事をすることができず、誰かの世話をすることもなく1、むしろ世話を必要とし、子孫を残すこともない。資本主義社会の発展にとって2、マイナスにしかならない存在である。私もその一人だ。

私たちは確かに、社会の役に立たない

私はアスペルガー症候群の診断を受けた、自閉症スペクトラムだ。大学の授業は週に何度も寝過ごすし、アルバイトでは会社と取引先の信頼関係を損なうようなヘマをしたし、カジュアルな人間関係を築くのは特に苦手だ。コミュニケーション能力が重視される(らしい)1年後に待ち受けている就活においては、マイナスになる要素ばかりだ。
私の専攻が自然科学系だったら違ったかもしれない。エンジニアはアスペっぽい人が多そうだし。でも、私の専攻は残念ながらジェンダー論と政治学という、およそお金儲けの役には立たなそうな代物だ。私は「文系」の「人材」として事務処理とかコミュニケーションの能力を期待されるわけだ。そんなものは授業のレポートすら期限通りに出せないアスペの私にはない。
私たち発達障害者、精神障害者身体障害者ニート、ひきこもりなど3はみな、基本的にこの社会においては役立たずだ。人と話すことができなければ接客はできないし、指が動かなければ工場の作業もできないし、そもそも毎朝決まった時刻に起きられなければほとんどの仕事はできない。
私たちをどうにかして使える「人材」にするため、この社会にはいろいろな仕組みが準備されている。学校や、障害者就労移行支援サービス、ハローワークなど、何重にも張り巡らされたセーフティーネットが私たちをとらえ、私たちが本当に役に立たないのか精査し、どうにかして役に立つまっとうな人間に作り変えようと試み、それが無理だとわかったら一つ下のセーフティーネットに落とす。その一番下にあるのが障害年金生活保護だ。そのネットもまた粗い。
私たちはしばしば、そのようなありがたい4制度によってもまだ役に立つ人間になることができない。ある人はもしかしたら役に立つ人間に変わることができるかもしれない。ADDを公表したモデルの栗原類さんや、特別支援学校を卒業して自動車修理工場で働いている私の知り合いのように。しかし、すべての人がそうなるわけではない。ある人は就職先で失敗して心に深い傷を負うだろうし、ある人は大人になる前に学校でいじめられて屋上から飛び降りるだろう。

役立たずで何が悪い

私たちは、基本的に役立たずだ。それは素直に認めよう。
そしてそれは同時に、なんら恥じるべきことではないし、私たちが死ぬべきだという根拠にはならない。私たちは生きていくことができるべきだ。間接的に5、あるいは直接的に6、殺されてはならないはずだ。


  1. つまりケア労働をすることもなく

  2. 資本主義でも共産主義でも、その国の富を増やすことが至上命題となっている以上、状況はそこまで変わらないはずだ。

  3. 私は発達障害以外のことはわからないため、この文章では主に発達障害の場合を念頭において考えているが、大まかな内容は他の障害、生きづらさの場合にも当てはまるのではないかと思う。

  4. もちろん皮肉です

  5. すなわち自殺

  6. 相模原で起こったように